2,310円(税込) 〜 2,750円(税込)
福岡市博物館所蔵の三振り「日本号」「圧切長谷部」「日光一文字」のアクリルスタンドです。
福岡市博物館の展示をご自宅やお出かけ先で再現して堪能できる、こだわりの仕様になっています!
実際の三振り(+葡萄文蒔絵刀箱)とサイズの比率を可能な限り合わせていますので、
ぜひ三振りを並べて、大きさの違いも楽しんでください!(組み立て時の「日本号」の全長はなんと40cm!)
また、しまって保管したい時や一緒にお出かけしたい時にコンパクトかつ簡単に収納できるよう、アクリルプレートに粘着シートがついています。
ぜひ圧切長谷部、日光一文字、日本号を連れてお出かけしていただき、一緒に沢山の景色を見ていただければ幸いです。
※おひとり様各種2点までのご注文制限をさせていただきます。
※粘着シートからパーツを外す際は裏から押すようお願いいたします。バリバリ!と音がしますが、恐れずゆっくりと外せば大丈夫です。
※日本号は特に繊細です。一度連結した後外す際は連結に近い部分を両手で持ち、小刻みにゆっくり揺らしながら外していただくようお願いいたします。
(キキ…と怖い音がすることがございますが、慎重に行えば大丈夫です!)
※どのパーツも最初組み立てる時はきつめで力が要りますが、繰り返すことでゆるくなっていきます。焦らず組み立てれば大丈夫です!
※どのパーツにも最初は表面に保護シートが貼ってあります。傷が入ったように見えても、保護シートが取れかけていることが殆どです。
織田信長が茶坊主をお手討ちにする際、膳棚の下にもぐりこまれ刀を振り下ろせなかったため、棚の下に刀を差し込み、ぐいっと押し当てただけで「圧し切った」ことにちなみその名がついたという逸話をもつ刀剣「圧切長谷部」。
織田信長の中国攻めに協力したことで黒田孝高(如水)に与えられました。
中心(なかご)に「長谷部国重本阿(花押)」と「黒田筑前守」の金象嵌銘(きんぞうがんめい)があり、本阿弥光徳が作者を山城の長谷部国重と鑑定しました。
長谷部国重は南北朝期に京都で活躍した刀工です。皆焼(ひたつら)の刃文を得意としました。
点が飛び散ったような皆焼刃文は見事。広い身幅と大鋒(おおきっさき)はこの時代の特徴で、もともとはもっと長い太刀であったものを刀として短くしたものと言われています。
もっとも出来がすぐれているもの、何か重大ないわれのあるもの、非常によく切れるもの、かつての所持者が歴史上有名な人物であったなどの理由があるため「名物刀剣」と呼ばれています。
1口/長さ64.8cm 反り0.9cm/南北朝時代
もともと日光権現社にあったものを、小田原の北条早雲が申し請け、それを天正18年(1590)の小田原攻めのときに、黒田如水が北条氏直から豊臣秀吉との和解の労のお礼として受け取ったと言われている日光一文字。身幅(みはば)がひろく鎌倉時代中期の豪壮な姿をしています。
もっとも出来がすぐれているもの、何か重大ないわれのあるもの、非常によく切れるもの、かつての所持者が歴史上有名な人物であったなどの理由があるため「名物」と呼ばれています。
1口/長さ 67.8cm 反り2.4cm/鎌倉時代
日本号は室町時代後期に作られた、天下三名槍のひとつに数えられる大身鎗です。
黒田家の家臣「黒田二十四騎」のひとり母里太兵衛が、祝宴で武将・福島正則から「大盃を飲み干せばこの鎗を与える」と言われ、それを見事飲み干したことで手に入れました。別名「呑み取りの鎗」とも言われています。
もっとも出来がすぐれているもの、何か重大ないわれのあるもの、非常によく切れるもの、かつての所持者が歴史上有名な人物であったなどの理由があるため「名物」と呼ばれています。福岡市博物館では常設展示のため1年中ご覧いただけます。
柄を含めた総長が321.5�僉真呂猟垢�79.2�僉深篠�時代
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福岡市博物館の展示をご自宅やお出かけ先で再現して堪能できる、こだわりの仕様になっています!
実際の三振り(+葡萄文蒔絵刀箱)とサイズの比率を可能な限り合わせていますので、
ぜひ三振りを並べて、大きさの違いも楽しんでください!(組み立て時の「日本号」の全長はなんと40cm!)
また、しまって保管したい時や一緒にお出かけしたい時にコンパクトかつ簡単に収納できるよう、アクリルプレートに粘着シートがついています。
ぜひ圧切長谷部、日光一文字、日本号を連れてお出かけしていただき、一緒に沢山の景色を見ていただければ幸いです。
ご注意事項
※おひとり様各種2点までのご注文制限をさせていただきます。
※粘着シートからパーツを外す際は裏から押すようお願いいたします。バリバリ!と音がしますが、恐れずゆっくりと外せば大丈夫です。
※日本号は特に繊細です。一度連結した後外す際は連結に近い部分を両手で持ち、小刻みにゆっくり揺らしながら外していただくようお願いいたします。
(キキ…と怖い音がすることがございますが、慎重に行えば大丈夫です!)
※どのパーツも最初組み立てる時はきつめで力が要りますが、繰り返すことでゆるくなっていきます。焦らず組み立てれば大丈夫です!
※どのパーツにも最初は表面に保護シートが貼ってあります。傷が入ったように見えても、保護シートが取れかけていることが殆どです。
国宝 刀 名物「圧切長谷部」
織田信長が茶坊主をお手討ちにする際、膳棚の下にもぐりこまれ刀を振り下ろせなかったため、棚の下に刀を差し込み、ぐいっと押し当てただけで「圧し切った」ことにちなみその名がついたという逸話をもつ刀剣「圧切長谷部」。
織田信長の中国攻めに協力したことで黒田孝高(如水)に与えられました。
中心(なかご)に「長谷部国重本阿(花押)」と「黒田筑前守」の金象嵌銘(きんぞうがんめい)があり、本阿弥光徳が作者を山城の長谷部国重と鑑定しました。
長谷部国重は南北朝期に京都で活躍した刀工です。皆焼(ひたつら)の刃文を得意としました。
点が飛び散ったような皆焼刃文は見事。広い身幅と大鋒(おおきっさき)はこの時代の特徴で、もともとはもっと長い太刀であったものを刀として短くしたものと言われています。
もっとも出来がすぐれているもの、何か重大ないわれのあるもの、非常によく切れるもの、かつての所持者が歴史上有名な人物であったなどの理由があるため「名物刀剣」と呼ばれています。
1口/長さ64.8cm 反り0.9cm/南北朝時代
国宝 太刀 名物「日光一文字」
もともと日光権現社にあったものを、小田原の北条早雲が申し請け、それを天正18年(1590)の小田原攻めのときに、黒田如水が北条氏直から豊臣秀吉との和解の労のお礼として受け取ったと言われている日光一文字。身幅(みはば)がひろく鎌倉時代中期の豪壮な姿をしています。
もっとも出来がすぐれているもの、何か重大ないわれのあるもの、非常によく切れるもの、かつての所持者が歴史上有名な人物であったなどの理由があるため「名物」と呼ばれています。
1口/長さ 67.8cm 反り2.4cm/鎌倉時代
大身鎗 名物 「日本号」
日本号は室町時代後期に作られた、天下三名槍のひとつに数えられる大身鎗です。
黒田家の家臣「黒田二十四騎」のひとり母里太兵衛が、祝宴で武将・福島正則から「大盃を飲み干せばこの鎗を与える」と言われ、それを見事飲み干したことで手に入れました。別名「呑み取りの鎗」とも言われています。
もっとも出来がすぐれているもの、何か重大ないわれのあるもの、非常によく切れるもの、かつての所持者が歴史上有名な人物であったなどの理由があるため「名物」と呼ばれています。福岡市博物館では常設展示のため1年中ご覧いただけます。
柄を含めた総長が321.5�僉真呂猟垢�79.2�僉深篠�時代
- <サイズ>(※プレート収納時) 圧切長谷部:H110×W150×D3mm、日光一文字:H110×W190×D3mm、日本号:H110×W220×D3mm
- <包装形態>
- 説明入り台紙付、PP袋入り
- <販売場所>
- 福岡市博物館ミュージアムショップ
商品詳細





